2025年9月17日にYASARAのアップデートがありました。この記事では、前のバージョン(Version 24.1.13)からVersion25.9.17へのバージョンアップデートで新しく追加された機能や変更点などについてまとめたいと思います。
これまでのバージョン更新に伴う変更点(ChangeLog)の一覧は、開発元の以下のページから確認することができます。
https://www.yasara.org/changelog.htm
タンパクモデリングで利用可能なAIフォールディング手法に「Boltz-2」が追加
※この機能は、YASARA Structure(YASARAの最上位グレード)でのみ利用可能です。
今回のアップデートで、「Boltz-2」の構造予測プログラムがYASARAに含まれました。
Boltz-2は、AlphaFold3(AF3)のオープンソース代替モデルであるBoltz-1を基盤とし、分子複合体の構造予測と結合親和性予測を同時に実行するために開発された、生体分子基盤モデル(Biomolecular Foundation Model)と呼ばれる新しいAIプログラムです。
Boltz-2開発元サイト:https://boltz.bio/boltz2
今回、YASARAにBoltz-2が追加されたことで、タンパクモデリング実行時のテンプレート構造にBoltz-2による予測構造を利用するオプションが追加されました。さらに、UniRef90 または AlphaFold データベースを用いた MSA(多重配列アライメント) を組み合わせた、より高精度なオプションも利用できます。
また、Boltz-2を利用する場合はオリゴマーの構造予測も可能です。
Experiment実行時のAIフォールディング手法選択画面。 これまでのAlphaFold(データベース検索のみ)、ESMFold、OmegaFoldに加え、Boltz-2オプションが追加。 |
また、Boltz-2の構造予測プログラムがYASARAに組み込まれたことで、タンパク質、DNA/RNA、リガンドを含む複合体全体の構造予測も可能になりました。
複合体の構造予測は、新しく追加された「FoldObj」コマンド(Edit > Build > Object and fold with AI)から実行できます。
複合体の構造予測は、新しく追加された「FoldObj」コマンド(Edit > Build > Object and fold with AI)から実行できます。
詳細については、ユーザーマニュアルの「FoldObj」コマンドページをご覧ください。
重なり体積を計算できる「Overlap」コマンドが追加
新しく「Overlap<Atom,Res,Mol,Obj>」コマンドが追加されました。このコマンドを実行すると、2つの選択範囲(選択単位は原子、残基、分子、オブジェクト)の重なり合う体積を計算できます。
メニューから実行するには、「Analyze > Volume of > Overlap between 」を選択します。
計算する際の表面タイプはTypeオプションで指定でき、
- VdW(ファンデルワールス表面)
- Molecular(分子表面)
- Accessible(溶媒接触面)
- All(全て)※コマンドで実行する場合のみ
から選択できます。
※各表面タイプの説明については、ユーザーマニュアルの「ShowSurf」コマンドページをご覧ください。
実行例
実際に、「Overlap」コマンドを試してみたいと思います。
ERK2キナーゼの結合ポケットにATPとAMPが結合した構造を用意して、2つのリガンドがどれくらいの体積を共有しているのか、計算してみます。
サンプル構造の準備
ERK2キナーゼとATPの複合体構造(PDB ID:4GT3)に、ERK2キナーゼとAMPのドッキングシミュレーションの結果構造(~.yob)を重ね合わせた構造を用意しました。
重ね合わせにはAlignコマンドを使用しました(メニューのAnalyze > Align > Objects with MUSTANG)。
ERK2キナーゼの結合ポケットに、2種類(ATPとAMP)のリガンドが重なり合った状態になっています。
それでは「Overlap」コマンドを実行してみます。
画面下のコンソール画面(Spaceキーで表示)から直接実行することもできますが、ここではメニューから実行してみます。
(コマンドの実行方法については、ユーザーマニュアルの「Overlap」コマンドページをご覧ください。)
- メニューから「Analyze > Volume of > Overlap between > 」を選択し、選択単位を指定します。この例では、リガンド分子で指定したいので、「Molecules」を選択しています。
- 続いて表示されるダイアログ画面から対象の分子を順に選択します。(この例ではATP分子とAMP分子を順に指定)
- 続いて、表面タイプを指定します。
ここでは例として、「Molecular surface(分子表面)」を指定しました。
ちなみに、ダイアログ画面右下の「Help」ボタンをクリックすると、ユーザーマニュアルの「Overlap」コマンドページを参照できます。 - 「OK」をクリックして実行すると、コンソール画面に計算結果が表示されます。
Visual Studio Code または Cursor IDE から YASARA コマンドが実行可能に
Visual Studio Code または Cursor IDE から YASARA コマンドを実行できるようになりました。利用方法については以下のリンクに記載されていますので、そちらをご覧ください。
メタロセンの認識が可能に
メタロセンの認識が可能となり、適切なクリーニング、水素の付加、およびシミュレーションができるようになりました。
その他の変更点
その他、アップデートに伴う改良点やバグ修正についてまとめます。
ファイル選択ダイアログに「Current working folder」が追加
ファイル選択ダイアログの「Browse」内のリストに「Current working folder」が表示されるようになり、簡単に現在の作業ディレクトリを参照することができるようになりました。
なお、作業ディレクトリはメニューの Options > Working directory (CDコマンド)から設定できます。
「Experiment ProteinModeling」 の改良
プロテインモデリングの実行時に、オリゴマー化状態の最小値 (OligoStateMin) と最大値 (OligoStateMax) を設定できるようになりました。
小分子に対する結合タイプの付与方法が改良され、それに伴いアルゴリズムの一部が書き直されました。
「TypeBond」コマンドページを見てみると、次の内容が追加されていました。
「複数の互変異性体が存在する場合、エネルギーが同じ場合はランダムに1つを選択し、エネルギーが異なる場合は最も一般的な互変異性体を選択します。互変異性体に対する環境の影響はここでは考慮されません。これは、水素結合ネットワークを最適化する際に別途行われます。」
「複数の互変異性体が存在する場合、エネルギーが同じ場合はランダムに1つを選択し、エネルギーが異なる場合は最も一般的な互変異性体を選択します。互変異性体に対する環境の影響はここでは考慮されません。これは、水素結合ネットワークを最適化する際に別途行われます。」
「LoadCIF」コマンドの改良
- LoadCIF は空間群に基づいて結晶学的変換を自動生成できるようになり、Crystallize コマンドで単位胞を構築する際には (mm)CIF ファイルも利用可能になりました。
この変更は LoadPDB にも適用され、REMARK 290(結晶実験の場合に、空間群に応じた対称操作を記載する) が欠落している場合でも正しく処理できるようになりました。 - LoadCIF は、Correct フラグが有効な場合、長さが不正な項目(例:RCSB で許可されていない 4 文字の残基名)があっても、エラーを出さずに自動修正するようになりました。
「Load*」コマンドの改良
Load* コマンドでOpenBabelを利用してファイルを読み込む(Other file formatから読み込む)際、金属イオンへの共有結合が自動的に配位結合へ変換され、正しくシミュレーションできるようになりました。
「Save*」コマンドの改良
Save* コマンド(File > Save as > Other file format)に新しく DativeBonds(配位結合)パラメータが追加され、金属の配位結合も保存できるようになりました。ただし、OpenBabel のファイル形式では両者を区別できないため、共有結合として保存されます。
ダイアログ画面に「Dative bonds」オプションが追加 |
「SavePDB」コマンドの改良
SavePDB に BondOrders パラメータが追加されました。これにより、PDB ファイルの CONECTレコードに結合次数を保存(二重結合は2回、三重結合は3回、四重結合は4回指定して記録)できるようになりました。
メニューから実行する場合は、「File > Save as > PDB file」 を選択して表示されるダイアログ画面のオプション右上の「Bond orders」にチェックを入れて保存して下さい。
「FillCellObj」コマンドページにサンプルマクロが追加
ユーザーマニュアルの「FillCellObj」コマンドページに、任意の脂質分子からミセルを作成するためのマクロ例が追加されました。
ページ下部の「Example macro 3:」に該当するマクロが記載されています。
「Experiment Docking」の改良
Docking に SaveEnergy パラメータが追加され、クラスタメンバーを保存するために必要な最小結合エネルギーを設定できるようになりました。クラスタにファイル数の制限がある場合に利用すると便利です。
ドッキングマクロ内の「Experiment Docking」以下に追記することで、パラメータを追加することができます。
パラメータの追記例については、ユーザーマニュアルの「Experiment - Choose and control experiments」コマンドページ内の「Example macro 4:」の内容をご覧ください。
古いCPUのサポートが終了
古い Intel Pentium III や AMD Athlon XP CPUへのサポートが終了しました。YASARA を実行するには、最低でも SSE2 命令セットが必要になります。
150Hz以上ディスプレイに対応
150Hz以上のリフレッシュレートを持つゲーミングディスプレイのサポートを改善しました。YASARA が画面と正しく同期するようになりました。